日本語著書(2000年以降)
<著書>
『私の履歴書 人生越境ゲーム』日本経済新聞出版社、2008年
日経新聞に連載した「私の履歴書」(2007年10月)を大幅に加筆し、さらに関連のある書評・対談などを加えて、この本を作りました。一応、個人のメモワールという体裁を取っていますが、様々な交友関係や七つにのぼる「知的ベンチャー」の試みなどの記述を通じて、時代史の一面が浮き上がってくれば、と願っています。それらのベンチャーとは、安保全学連=ブント、スタンフォード大学、霞ヶ関、中国、仮想空間、国際経済学界などを舞台にしています。社会とは、お互いに相手の出方を読みながら行動する人々の総合作用からなるという意味で、ゲームであるといえます。社会のゲームは、その内部から自ずと浮かび上がってくるルール(=制度)にもとずいてプレイされますが、そのルールはまた、それぞれの個人の働きかけやさまざまな社会の出来事をつうじて進化していきます。したがって個人の立場から言えば、われわれは社会的ゲームのルールに大きく制約されつつも、自分の意志やDNA、たまたまおかれた生活環境や偶然の出来事によってもその道筋が左右されるような、人生ゲームをプレイしているともいえるでしょう。そうした社会と個人、歴史と出来事、DNAと偶然などの諸要素がどう絡み合って、社会が作られ、動いていくのか、それを理解しようというのが、社会・人文科学のけっして終わりのないゲームでもあるのでしょう。書き終えてみると、そういう思いにあらためてとらわれました。
『移りゆくこの十年 動かぬ視点』 日経ビジネス人文庫、2002年
この本は、90年代初頭に書いた『スタンフォードと京都のあいだで』と言うエッセイ集と、経済産業研究所長の初期(00年代初頭)に書いたエッセイ、講演,小論などを集めた「シリコンバレーと霞ヶ関のあいだで」という部とからなっています。前者を書いたときには、「アメリカから学ぶものはもはやない」といういわれのないバブルが日本の論壇を覆い、後者を書いたときには「失われた十年論」という悲観論がそれを覆っていました。このような揺れる通論に抗して書かれたのが本エッセイ集で、「動かぬ視点」という題名にその気負いが現れています。90年代から00年代という時代は、日本にとって大いなる制度変化の時代だ、という基本認識です。この本には「RIETIという実験」という文が収められています。それは著者が経済産業研究所(RIETI)の所長に就任したときの、研究所の組織デザインの構想を述べたものです。この「実験」は、私の力至らぬこともあって、最初の二年間はともかく、残念ながら挫折したと私には思えるのですが、それには独立行政法人という公的なガバナンス・メカニズムによる制約も大きかったからだと総括しています。しかし、この文でデザインした政策研究所のデザインは、独立した民間のガバナンスのもとでこそ、有効になりうるという考えをいまだ持っており、参考にしていただけると幸いです。
『比較制度分析に向けて』 NTT出版、2001年
この本は、英文で書かれた著書、Toward a Comparative Institutional Analysisの日本語訳です(他に、中国語訳、フランス語訳も出版されています)。この執筆には、1995年ころから取り掛かり、仕上げるまでほぼ五年を費やしました。主要なアイディアは、経済学、政治学、社会学、組織科学など、別々の社会科学分野で扱われてきた制度論を、ゲームの理論を用いて統一しようというものです。ゲームの理論は、古典物理学で発展してきた微積分などと違って、動機や他人の行動に関する予想、知識、行動選択などといったすぐれて個別人間的要素が、どう社会的に相互作用するかを扱う社会科学に特有な分析用具です。経済、政治、社会、組織などのドメインで働くゲームにはそれぞれの特殊性があると同時に、それらに生ずる制度には連結関係もあります。さまざまな制度様式の歴史的・国際的な比較を材料としながら、そうした有様を分析しようとしました。この本は、著者の長年にわたる研究の一応の集大成であると同時に、今後の研究の土台と自身では位置づけています。この本を通読するにはかなりの忍耐が必要と思いますが、考え方のエッセンスは『移りゆくこの十年 動かぬ視点』に所収の「制度とは何か、どう変わるか、そして日本は?」という文章にやさしく解説してあります。またこの本の執筆以降後に発展した「共同知識としての制度」という考え方は、学術論文のページに所収のEndogenizing Institutions and Institutional Changeという論文の中で述べています。この考えを発展するには、言語学などとの交流も制度分析には必要、という問題意識を持ち始めています。将来、こうした問題を含め、本サイトの「仮想制度研究所」のページで議論の場を設けたいと準備中です。
『現代の企業−ゲームの理論から見た法と経済』 岩波書店、2001年
この本は、今から20年以上も前に英語で出版されたThe Co-operative Game Theory of the Firm (Oxford University Press, 2004) の邦訳復刻版です。著者が1979-80年にハーバード大学に経済学部客員教授として訪問した際、同大学の法学部の会社法セミナーに参加しつつ構想した書物で、経済学者がコーポレート・ガバナンスについて著した書物としてはごく初期に属するものと自負しています。その後、この書物で日本学士院賞の栄誉にも浴しました。「企業は株主のもの」と言う通説を相対化し、コーポレート・ガバナンスは株主、従業員、経営者のあいだのゲームの均衡として、多様でありうることを示しました。エンロンの不祥事以降、そうした考えが、国際学界会の一部では有力になりつつあります。最近の日本におけるコーポレート・ガバナンスの制度変化に関する私の分析は、本サイトの「学術論文」のページにあるWhither Japan’s Corporate Governanceに展開してあります。
<編著書>
『日本の財政改革:「国のかたち」をどう変えるか』 東洋経済新報社、2004年
この本はかつての経済産業研究所(RIETI)における目玉プロジェクトの成果。日本の財政不均衡の深刻さは広く認識されていますが、その改革は単に成長または増税によって税収を拡大すれば解決されうるというものではなく、徴税その他の手段によって得られたコモン・プールとしての公的資金をいかなるメカニズムにを通じて配分するか、という「国のかたち」の設計の根幹にかかわる問題と見るのが本書の特色。特に、並列的な利益集団・族政治家・官庁の連合からなる「仕切られた多元主義」に替わり、行政の縦割りを横に紡ぐメカニズムの必要性を提唱しています。その見地から、単に財政学の専門家だけでなく、利益集団と政治・行政とのかかわりを分析する制度分析学者や政治学者、(官僚の)財政をめぐるインセンティブを分析する経済学者、財政支出の需要・供給のいずれかにかかわる行政官、財政問題を社会システムの経営と言う立場から考察する元ビジネスコンサルタントなど、多様な人材を集めて、1年以上にわたる徹底的な議論を通じてなった本格的な共同作業の成果です。
『モジュール化:新しい産業アーキテクチャの本質』 東洋経済新報社、2002年
本書は経済産業研究所(RIETI)の主催したコンファレンスの成果として生まれました。モジュール化とは、複雑なシステムを、オープンなルールによって互いに連結される準独立的なモジュール群に分解することを言います。その結果、中央集権的な事前的な計画ではなく、独立に改善・進化しうるモジュールを事後的に組み合わせることによって、複雑なシステムのイノベーション可能性は飛躍的に高まります。モジュール化議論におけるアメリカのパイオニアであるBaldwin&Clarkの貢献も本書に含まれていますが、彼らの大著Power of Modularity の邦訳(『デザイン・ルール−モジュール化パワー』 東洋経済新報社、2004年)序文にもあるように、この分野での日本人学者の貢献は大きく、本書はそうした状況を如実に伝えてくれるものと思います。
『大学改革:課題と争点』 東洋経済新報社、2001年
本書は、01年まで旧通商産業省の内局であった通商産業研究所において、その独立行政法人化の準備の過程で実験的に試されたプロジェクトの成果です。00年前後に大学の独立行政法人化は緊急の政治課題として日程にのぼっていましたが、その制度化を大学教官団や事務局員の非公務員化で行うか、否か、の熾烈な論争がありました。本書は、競争原理の導入や研究・教育の統合による大学の活性化、産学連携の実現などに向けて、非公務員化の優越性をいち早く提唱し、その実現に向けて大きな影響力を与えました。







